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Sailboats   ---- 帆船データ一覧--------------------------

 清水港には、帆船フェア等をとおして毎年多くの帆船が訪れ、「夢」と「ロマン」を与えてくれます。
  セイルドリルや一般公開、体験乗船会、セイルトレーニング等市民が参加・体験できる行事を通じて港に親しんでいただきたいと思います。
  1999年の清水港開港100周年記念「帆船フェア」では、清水港に集合した9隻の帆船を見に、650,000人が集まりました。
 
日本丸 海王丸 オーシャンプリンセス
咸臨丸 あこがれ 海星
シナーラ ドーントレッダー たける

日本丸
日本丸

「太平洋の白鳥」「海の貴婦人」と形容され、日本が世界に誇る大型帆船です。その優美な姿は人々に海へのロマンを湧き立たせてくれます。初代「日本丸」と同様、静岡市民には特別な思いを持つ帆船はないでしょうか。

2,570総トン/全長110m/4本マストバーク型帆船

 
海王丸
海王丸

二代目「海王丸」は、新「日本丸」に続き姉妹船として建造されました。海と船を愛する人々の力で再びこの二隻の勇姿を見ることができました。「日本丸」同様、これからも数多くの海の男たち(女たち)を育てていくことでしょう。(「日本丸」との見分けは、船首像とサイドラインで解ります。)

2,556総トン/全長110m/バーク型4本マスト帆船

 
オーシャンプリンセス
オーシャンプリンセス

通常は、清水マリンパーク東側の岸壁から、静岡観光汽船の‘清水港内クルージング'で活躍しています。英国の財閥ジョンソン&ジョンソン一族のジェワードジョンソン氏が莫大な費用と2年の歳月をかけて建造した豪華帆船です。この帆船の乗船録には、世界的な指揮者のカラヤン氏、イタリアのフェラーリ氏、女優エリザベステーラーなど一流の文化人、著名人が名を列ねています。


232総トン/全長37m/2本マスト

 
咸臨丸
咸臨丸

“清水の次郎長”が関わった「咸臨丸事件」で旧清水市とは縁の深い帆船です。復元され、通常はハウステンボス港から大村湾クルージングを行っております。デッキにキャビンが付き、一回り大きく復元された「咸臨丸」ですが、黒く塗られた船体には重厚感があり、当時の歴史の息吹を想像させます。

539総トン/全長65.8m/バーク型4本マスト帆船

 
あこがれ
あこがれ

日本の“水の都”大阪で「セイル大阪(社団法人大阪港振興協会)」が運営するセイルトレーニング船です。帆船ならではの魅力的な優美な船体を持ちながら、セイルトレーニング船として建造されました。優しく指導してくれるセールトレーニングが、体験した人達に好評です。「あこがれ」のセイルトレーニングに参加して大海原を帆走してみると、海や船がますます好きになってしまいます。

362総トン/全長52m/トップスクーナー型4本マスト

 
海星
海星

その名の通り“海の星”。‘地球’のマリンブルーの船体。「あこがれ」と同クラスの大きさで、目的も同じセイルトレーニング船です。「海星」のイメージは「体は小粒でもピリリと辛い」という感じ。乗組員の海にかける情熱は誰にも負けません。本格的帆船を体験できる日本で唯一のセイルトレーニング船です。

180総トン/全長46m/ブリガティン型2本マスト

 
シナーラ
シナーラ

1927年英国で建造されたガフケッチヨットの傑作で、“海の貴婦人”と呼ばれるにふさわしい船です。初代オーナーのノーサンプトン伯爵以来、大船主C・ビルマイヤーネ、サーウィンストン、チャーチル等に愛され続けた名艇です。船体のほとんどにチーク材を使用し、船内はマホガニー・ローズウッド等の今日では入手不可能な免材を駆使しており、1920年代のアンティーク家具に囲まれている様な雰囲気が味わうことができます。

82総トン/全長29m/ガフケッチ型2本マスト

 
ドーントレッダー
ドーントレッダー

「ドーントレッダー」とは“夜明けを征く者”という意味があります。ひときわ目を引く縦帆7枚のセイルには、美しさと優しさを兼ねそろえた優雅さを感じます。1982年スペインで南極探検を目的に建造され、その後海洋調査に活躍しました。「ドーントレッダー」の白い船体とファースセイルに描かれた爽やかな波模様には、独特な雰囲気があり、他の帆船にはない清々しい存在感があります。

131総トン/全長32.5m/スクーナー型3本マスト

 
たける(焼津櫓鰹一本釣漁船)
たける

江戸時代、駿府城に住んでいた徳川家康公が鷹狩りに軍船で出掛ける際に、警備のため焼津の漁船が駆り出されました。しかし、国を治めるため櫓を七丁までと定めた漁船では、多くの櫓で漕ぐ軍船には、帆を使っても追いつけませんでした。そこで、地元の親方から提案があり「焼津の漁船に限り八丁櫓を許す。」とされたことが始まりとされています。焼津の漁業の源とも言える八丁櫓を残し、文化継承をしようという、焼津八丁櫓復元建造会議のメンバーにより復元されました。


4,7トン/全長12.95m/1本マスト



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